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二番目の山羊 ~アイヌは先住民族に非ず

2008年の先住民決議は騙し討ち。2019年のアイヌ新法も不当です。 ※現在は、ツイアカもFBアカも持っていません。 【 pixiv:5770560 】

アイヌ遺骨問題 ~先祖の墓を金に換える

先祖の墓も遺骨も商売品


砂澤陣さんの著書、「北海道が危ない!」から一部をご紹介します。

先祖の墓も金に換えるプロ・アイヌ
 (省略)
 昭和53年度から平成12年度にかけ、北海道日高町(旧門別町)、新ひだか町(旧静内町)、釧路市、紋別市など道内3市15町でアイヌの「墓地移転改葬事業」が実施された。
 伝統的に土葬であったアイヌの墓地を、歳月の経過による荒廃や土地開発による損失から守るため、遺骨を掘り起こして新たに建てた納骨堂に安置するという、国庫補助事業である。
 平成5年度のデータによれば、総事業費は6億円以上、10年度にはその倍近くまで膨らみ、そのうちの50%を国が25%を道が助成していた。プロ・アイヌたちは、この先祖の遺骨でさえ、「金のなる木」に変えてしまったのだ。

 例えば旧門別町のプロ・アイヌは、同町北豊田地区にある1000坪ほどの土地に無数の調査棒を立て、その下に遺骨があると主張した。
 棒の下を掘ってみても実際に骨が出てきたのは18~22ヵ所、頭蓋骨は3~6個だったが、同町はプロ・アイヌの主張を受け入れ、580柱もの遺骨があると認定、移転改葬の事業費4400万円を計上したのだ。

※引用ここまで/砂澤陣「北海道が危ない!」(p107-108)育鵬社2016.9
https://www.amazon.co.jp/%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E3%81%8C%E5%8D%B1%E3%81%AA%E3%81%84%EF%BC%81-%E6%89%B6%E6%A1%91%E7%A4%BE%EF%BC%A2%EF%BC%AF%EF%BC%AF%EF%BC%AB%EF%BC%B3-%E7%A0%82%E6%BE%A4-%E9%99%A3-ebook/dp/B01LWPNUE2/ref=tmm_kin_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=




……利権アイヌ(プロアイヌ)と云うのは、
昔から、こういった事をやっている連中なんです。 ※癒着する役人や自治体も

で、今現在、世界規模で先住民族への遺骨返還運動が行われており、
アイヌも沖縄も、そこに乗っかって騒ぐようになりました。

実際に、海外から日本に遺骨が還って来た例もあるんです。
 ドイツからのアイヌ遺骨返還について(平成29年7月31日)
 https://p.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/pdf/290731_gaiyou.pdf



きちんとした手続きを踏まず、
国外に持ち出された骨が日本に還って来る。
それはそれで、別に良いんですけど。


日本国内の学者に対して、
アイヌが文句を言う資格あるの?




二つ前の記事、未来航さんのツイートでご紹介した動画。
旭川アイヌ協議会代表の川村兼一が登場します。

天皇陛下(今の上皇陛下)に、
謝罪と賠償請求(5兆円)をしたトンデモです。



2020/11/12  不破 慈(曾祖母はアイヌ)

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取り敢えず、従前からの遺骨商売を「遺骨問題」、
先住民族のフリをして国際的に行っているものを「遺骨返還問題」。
そんなふうに呼び分けようかと思います。広義では全て遺骨問題ですが。

[タグ未指定]
[ 2020/11/12 17:24 ] アイヌ問題 -4.人類学、DNA | TB(0) | CM(3)

アイヌ遺骨問題 ~フロイトを持ち出して人格功撃する手法にご用心

名古屋大学のアイヌ御用学者
東村岳史(ひがしむらたけし)




ツイッターに外からお邪魔していたら、
necoski_necoskiさんが面白い論文を紹介していらして。
https://twitter.com/NecoskiN/status/1325085088468463616
 ↓↓↓

アイヌの頭蓋骨写真報道が意味するもの
―過去の「露頭」の発見と発掘― 東村岳史

https://www.gsid.nagoya-u.ac.jp/bpub/research/public/forum/43/01.pdf



ざっと経歴を見たところ、アイヌ協会の御用学者ですね。
名古屋大学のHPから。公開情報なので問題ないでしょう。

東村 岳史(ひがしむら たけし)
1963年7月生/国際開発研究科准教授/学術修士
最終学歴:名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程 (1995)
専門分野:歴史社会学
研究課題:近代日本におけるアイヌ民族と 「日本人」 の関係変遷
     日本型オリエンタリズムと植民地主義/国際労働力移動(移民)
所属学会:日本文化人類学会/日本社会学会/日本解放社会学会

主要著書・論文
2010:「アイヌの写真を撮る/見るまなざし――1950-70年代前半の写真雑誌と掛川源一郎」『国際開発研究フォーラム』39:19-39
2007:「呼称から考える『アイヌ民族』と『日本人』の関係――名付けることと名乗ること」『国際開発研究フォーラム』34:87-101
2006:『戦後期アイヌ民族-和人関係史序説――1940年代後半から1960年代後半まで』三元社
2005:「『危機言語』調査をめぐる『危機』認識と表象――『千島アイヌ語絶滅の報告』に関する考察補遺」『社会言語学』5:1-12
2004:「『千島アイヌ語絶滅の報告』の背景と文脈――ある『危機言語』をめぐる調査者―被調査者関係」『社会言語学』4:1-9
2004:「『現代のアイヌ』における『現代』の位相――1960年代のルポルタージュ作品に描かれたアイヌ社会と日本社会」『解放社会学研究』18:102-128
2002:「現代における『アイヌ文化』表象―『文化振興』と『共生』の陰」好井裕明・山田富秋編『実践のフィールドワーク』:228-250、せりか書房
2002:「戦後におけるアイヌの『熊祭り』――1940年代後半―1960年代後半の新聞記事分析を中心に」『解放社会学研究』16:110-139
2001:「『アイヌ文化』の『フォーマット化』」『国際開発研究フォーラム』18:113-123
2001:「『文化財』としての『アイヌ古式舞踊』」『解放社会学研究』15:98-118
2000:「『状況としての「アイヌ」』の思想と意義――『アヌタリアイヌ』による<アイヌ>表象の問い直し」『解放社会学研究』14:39-75
1999:「<道民性>言説の論理構造――『進取の気象』・『自然』・『開拓精神』」『国際開発研究フォーラム』14:21-38
https://www.gsid.nagoya-u.ac.jp/global/faculty/members/dicos/higashimura.html




本題に入りますが、論文を見て爆笑しました。
頭蓋骨に対するフェティシズム」とか(笑)


フロイトの精神分析的な手法を持ち出して、
性癖の話に摩り替える学者を信用しないように。





尚、右派・左派の論争だと勘違いされたくないので言及しておきますが、
三橋経済新聞(メルマガ)に掲載された、適菜収氏と東田剛氏の対談記事。
フロイトの学説を持ち出した、非常に猥褻な表現が用いられています。

※一部抜粋
東田◎男性化しているなら、「女性の活用」にならないし。フロイト的な話でいうと、「岩盤規制をドリルで穴を開ける」といった場合、岩盤というのは胎盤だし、ドリルはどう考えても男性のシンボルなんだよね。
適菜■そこに権力に対する安倍の妄執のようなものが見出せると。今度、『日本をダメにしたB層用語辞典』 http://amzn.to/VqZVqq というB層用語の説明とバカ画像をたくさん載せた新刊を出すんだけど、そこに「ドリル」という項目を立てて、「岩盤を破壊する安倍晋三のポコチン」と定義しておいた。
http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1142.html#more




右派・左派に関係なく、性癖の話に論点を摩り替え、
個々人の内面へのレッテル貼り、人格功撃、印象操作。


その「嗜癖行為」に、嫌悪感を覚えます。




2020/11/09  不破 慈(曾祖母はアイヌ)

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前記事の補足をさせて頂きますと、沖縄にしろアイヌにしろ。
遺骨の「不当な持ち出し」がゼロだったと言っているのではなく。
そこに「先住民族」を絡めて来ることで、「政治運動だ」と思うんです

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[ 2020/11/09 13:34 ] アイヌ問題 -4.人類学、DNA | TB(0) | CM(0)

アイヌ遺骨問題 ~盗掘・転売したのは、学者ではなくアイヌ自身

自分達が盗掘・転売したクセに
学者が盗掘したと罪を擦り付け






……他にもっと情報が欲しいという方。
砂澤陣さんのサイトに行って、ブログ内検索をしてみて下さい。
ブラウザ画面の、右上に表示されている機能です(PC版)。

後進民族 アイヌ(砂澤陣blog)
http://koushinminzoku.blog117.fc2.com/


「遺骨」といれれば、何件もヒットします。
2009年から10年以上も書き溜められているサイトなので、
情報の宝庫です。今後も何かあったら、そうやって検索してみて下さい。




2020/11/03  不破 慈(曾祖母はアイヌ)

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以下はプレジデントオンラインの記事(全文)です。
アイヌや沖縄の遺骨問題について書かれています。

 ↓↓↓



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[ 2020/11/03 13:00 ] アイヌ問題 -4.人類学、DNA | TB(0) | CM(0)

中国人は、自分達が北京原人の直系子孫だと信じている

中華人民共和国では未だに、自分達が
北京原人から進化したと思い込んでいる。



……寄り道もこれくらいにしないと、とは思いますが、書いておきます。



まぁ、表題の通りです。
中国では未だに、多地域進化説が優勢なんですよ。

皆さんは当然、ご存知ですよね?
新人(解剖学的な現生人類)の起源地はアフリカです。
当初、「ミトコンドリア・イヴ説」として登場しましたが。

1990年代には、アフリカ起源説(出アフリカ説)と、
旧来の多地域進化説の論者が、激しく意見を戦わせていました。


そして現在は、アフリカ起源説を軸に、
プラスαで多地域進化説が取り入れられています。

西アフリカ人以外の我々は、ほんの数%とはいえ、
ネアンデルタール人(旧人)のゲノムを受け継いでいますし、
各地域においても、原人の何れかからゲノムを引き継いでいます。

つまり、出アフリカ以降の長い旅路の途中、
新人は辿り着いた先で、原人や旧人と混交していたんです。

だから現在は、アフリカ起源説に+α(多地域進化説)



……なんですけれど、冒頭に記した通り、
中国では未だに、多地域進化説が優勢なんです。

勿論、一口に中国人と言っても、色々な方がいます。
国際的に第一線で活躍する学者さんなら、また違うでしょうし。

単純に、心理的な要因で受け入れられないだけだと思いますが。
中華(華夷)思想ですよ。自分が世界の中心・親だと信じている

ところが、全人類の親は、遥か遠くのアフリカにいただなんて。



***



精華大学の学長さん、ウスビ・サコ氏と仰いますが。
マリ共和国のご出身です。当初は、中国に留学されていて。
その時に受けた人種差別は酷く、傷心のまま来日されたそうです。

日本だったら、出自はどうあれ、人間性が信頼できれば、
逆に支持するようになるじゃないですか。この民度は宝です。


私が、初期渡来人を否定したい人々を敬遠する理由はコレです。
科学的な間違いだけでなく、心理的に透けて見えるものがある

そもそも、まだ神武天皇もお生まれになっていない時代の話なのに。

日本という国は、縄文・弥生という両親が揃って生まれました。
日本は夫婦別姓ではない。嫁いで来た以上、大事な家族です。




2020/10/28  不破 慈(曾祖母はアイヌ)

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否、娘婿かな? 初期渡来は男性メインだったとの説があります。
農耕を開始して定住化が進むと、男性だけの移動が増えるんですよ。
mtDNAの型の流入を見れば、女性も確実に入って来ていますが。
一方、旧石器時代は男女一塊の移動です。でないと子孫を残せない。

[タグ未指定]
[ 2020/10/28 18:51 ] アイヌ問題 -4.人類学、DNA | TB(0) | CM(0)

続・水稲耕作の伝播 ~初期渡来人の源流は江南にあり

初期渡来人の源流は江南にあり


中橋孝博著、日本人の起源 人類誕生から縄文・弥生へ、講談社学術文庫、2019年1月


古人類学者の中橋孝博先生を含むチームが、1990年代に
江南地域へと古人骨調査に向かった際のエピソードがあります。

先ずは、上海自然博物館での話。

※引用
それは長江の北岸に位置する揚州市の前漢墓から掘り出された骨で、レンガ用の土取り作業の中で偶然墓が見つかったのだという。汚れた薄紙で何重にも包まれた中から頭骨が取り出されたとき、私はおもわず声をあげてしまった。

長い間水に浸かっていたため真っ黒な色をしたその頭骨が、北部九州の甕棺から出土する弥生人骨に余りにも似ていたためである。こうした僥倖に出会えないかと期待して上海までやって来たのではあるが、まさかいきなりイメージ通りの古人骨と対面できるとは思ってもみなかった。

結局この時見た前漢時代の人骨はわずか五体で、研究資料としてはまだ不十分なものではあったが、少なくとも弥生時代と同じ時期、江南地方にも弥生人によく似た人々が実際に住んでいた事実が初めて浮かび上がってきたわけで、調査団にとっては大きな弾みになった。 [p260]
※引用、後半に続く





……ここで言っている「弥生人」とは、勿論、渡来系弥生人のこと。
二つ前の記事で説明した、列島内で(西日本の)縄文人と混血した人達

長年、縄文人との混血説か置換説かで、見解が分かれていたんですけど。
分子生物学で答えが出ました。縄文人と渡来人の混血は起きたんです。


SNP解析で、縄文集団と大陸集団の間に、
渡来系弥生人を含む現代日本人の集団が来ます


「純粋な縄文の末裔」なら、縄文集団の位置に来る筈だし、
「純粋な大陸集団の末裔」なら、大陸集団の位置に来る筈です。


 竹田恒泰著、天皇の国史、PHP研究所、126頁より

 渡来系弥生人 ~列島内で縄文人と混血が進んだ人達 (2020/10/16)
 http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-2088.html




さて、次は南京博物院でのお話です。

※引用再開
手分けして進めたその後の分析作業によって、そうした我々の感触は客観的な数値になって表現されていった。面長で高くて丸い眼窩、鼻根部を始めとする扁平な顔面、身長も男性が一六四・九センチメートル、女性が一五二センチメートルと北部九州の弥生人をわずかに上回る程度で、結局、骨の形態では先に紹介した渡来形弥生人の特徴がほぼ丸ごと当てはまることがわかった。

さらに驚いたのは、試みに福岡市の金隈弥生人の中に江准人骨と似た人はいないかと調べてみたところ、次々とそっくりな個体が見つかったことである。おそらくこれらはラベルを外せば、専門家でもどちらが中国の古人骨か区別がつかないだろう。

ただし歯のサイズはやや小さめで、頭蓋小変異の分析にも資料数が足らず明確な答えが出なかったが、もう一つのmtDNA分析では、北部九州弥生人と同じ塩基配列を持つ個体が、梁王城(二体)と神墩(一体)という、いずれも春秋時代の遺跡で見つかった。

同配列を持つ個体は、この江准地域以外にも分布するので、この結果が直ちに渡来系弥生人の江南起源を示すわけではないが、しかし縄文人骨の中にはこのような一致例が見つからないことを考えると、遺伝子レベルでも両地域集団のつながりを想定する上で矛盾ない結果が得られたことにはなろう。

ちなみに、遺伝子配列が弥生人と一致したこの梁王城は、先に紹介した抜歯形式でも土井々浜に似ていた遺跡である。 [p261-262]
※中橋孝博著、日本人の起源 人類誕生から縄文・弥生へ/講談社学術文庫2019.01




……初期渡来人の存在を否定したい人達は、懸命に主張します。
「縄文⇒弥生の形態変化は、生活様式が変わって進化したからだ!」

残念ながら、狩猟採集社会から農耕中心の社会へシフトすると、
基本的に身長は低くなります。私は栄養面の問題と見ていますが。
植物性の栄養素に偏る食事に変われば、身長は伸びにくくなります。

でも、移行期の日本では逆のことが起きていたでしょう?
初期渡来人との混血を想定すると、スッキリします。


勿論、かつて言われたような「100万人渡来説」などは有り得ません。
朝鮮半島を経由したのであろうと、源流は江南まで遡れるわけですが。

少数の渡来人を縄文人が受け入れ、水稲耕作により繁栄した混交集団が、
現代日本人の雛形とも言える存在になり、そして、それは北部九州で起きた。

私は、そこに、「和」を見出すんです。


最初は、「水稲耕作を伝える技術者」としての受け入れだったと思いますが、
前10世紀に水稲耕作を開始し、九州島を出るまでに200年は掛かっている。
近畿地方に到達するまで、さらに100年を要するという、長い長い旅路です。

何処にも押し付けがないんです。 侵略? 何を言っているのでしょう???

対馬海峡を挟んだ①朝鮮半島との交流は、ずっと続いていましたから。
それが結果的に、②農耕社会に移行した際の人口爆発と相俟って、
混交集団における渡来系の血の割合を増やしたのでしょうが、
かつて言われたような「縄文vs.弥生」の構図は見られない。



初期渡来人の存在を否定したい人達は、懸命に主張します。
「生活様式が変わったことによる変化だ、姿形に囚われ過ぎだ!」

………姿形に囚われているのは、何処の誰ですか?




2020/10/25  不破 慈(曾祖母はアイヌ)   ※アップ二日後、一文字修整

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弥生期以降は、巷で言われる通り、確かに戦乱が起こるようになります。
農耕社会は気候変動に弱く、不作が続けば膨らんだ人口を養えなくなる
戦国時代も、小氷期に相当したんです。戦乱が起きていたでしょう?
渡来人は凶暴だったと喧伝する人がいますが、そういう人は嫌いです。

[タグ未指定]
[ 2020/10/25 22:50 ] アイヌ問題 -4.人類学、DNA | TB(0) | CM(2)

水稲耕作の伝播 ~7000年前の長江流域から始まる物語

水稲水田耕作の伝播
 ~一般人の頭の中と、考古学者の頭の中


 ※コレもボランティア記事です。アイヌ問題と関係ないので。



さて、思想の左右を問わず、
一般の活動家さんの頭の中は、こんな感じでしょうか?

藤尾慎一郎著、<新>弥生時代 500年早かった水田耕作、132頁より一部、吉川弘文館、2011年10月



ちょっと画像が解りにくくて申し訳ないですが、
対馬海峡を挟んだ朝鮮半島と日本(九州北部)です。

で、この地域をめぐって、「弟の日本に文化を与えてやった」だの、
「何でもかんでも朝鮮から貰ったことにするな」だの、言い合っている。


ところがです。
第一線で活躍する、人類学者・考古学者の大前提は違います。

藤尾慎一郎著、<新>弥生時代 500年早かった水田耕作、132頁、吉川弘文館、2011年10月
※藤尾慎一郎著、<新>弥生時代 500年早かった水田耕作(p132)/吉川弘文館2011.10



上図は、考古学がご専門の藤尾慎一郎先生の著書からです。
2011年のものなので、最新版が他にあると思うのですが、
私が現在、ご用意できるのはコレだけなので、ご了承下さい。

補足させて頂きますと、日本の関東地域。「前2世紀」とありますが、
現在では、前3世紀まで遡っています。神奈川県の小田原市にある、
中里遺跡が、関東地域における最初期の弥生遺跡と判明したんです。

ちなみに東北の南部。仙台平野や福島県いわき市では、
前4世紀頃から、水稲水田耕作を開始していますよ。


では、本題に入らせて頂きますが、ご覧の通り、
主要(現実的)なルートとして考えられるのは朝鮮半島経由です。

ただ、長江下流域(江南地域)からの直入ルートも考慮されています。
日本にあるイネの変種のうち、朝鮮半島にあるものと、ないものがあって。
江南には勿論、両方が揃っています。日本にないものまで全部揃っています。



現在、保守系の一派がこんな主張をしています。
『日本では、7000年前から稲作が行われていた!』


陸稲なら縄文時代から存在しました。


……と言いますか、大陸にも半島にも存在しました。



2020/10/21  不破 慈(曾祖母はアイヌ)   ※アップ翌日、一ヵ所修整

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「稲作は日本起源」と主張したいのか。ウリナラファンタジーですね。

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[ 2020/10/21 14:22 ] アイヌ問題 -4.人類学、DNA | TB(0) | CM(0)

渡来系弥生人 ~実は列島内で縄文人と混血が進んだ人達

人類学で「渡来系弥生人」と呼ばれるのは
すでに列島内で混血が進んだ人達でした。


だから、渡来人じゃなく「渡来系」



……専門外の学者さんをいじめても、仕方ないのですけれど。
このまま日本国内に、誤った認識が広まっても困ると思いまして。
アイヌ問題とは関係ないですが、ボランティアでアップします。



竹田恒泰著、天皇の国史、PHP研究所、126頁より




上図は、竹田恒泰先生の著書、「天皇の国史」からです。
右下に大陸の人々が斜め一列に並び、左上には縄文人(東北弥生含む)
その下に、渡来系弥生人を含む現代日本人が、塊となって表示されています。

そして、本文には、以下のようにありました。



天皇の国史、竹田恒泰、PHP研究所、20200825

 約七〇〇〇年前にほとんど無人だった朝鮮半島に、日本の縄文人が移り住んだことは既に述べた。その集団に、大陸系の人たちの血が混じったのが弥生時代の朝鮮半島人(縄文系半島人)であり、その人たちが日本列島に渡ってきたのが渡来系弥生人だったのである。現代で例えるなら、日系人の里帰りと同じで、ブラジルの日系三世が日本に移住するようなことに該当する。

 この図表で「渡来系弥生人」とされるのは、大陸系諸民族そのものではなく、大陸系と縄文人との間に位置するため、大陸系と縄文人が混血した人達だったと見られる。ということは、この図表のサンプルとされた「渡来系弥生人」は、約七〇〇〇年前に日本列島から朝鮮半島に移住した縄文人の子孫である縄文系半島人が、弥生時代になって日本列島に戻ってきた人と見る他ない
※竹田恒泰著、「天皇の国史」p127-128/PHP研究所(2020.08)




……ここで、竹田恒泰先生が見落としている「事実」がございます。


この図表で「渡来系弥生人」とされるのは、
弥生時代中期後半の遺跡から出土した人物で、
列島に流入後、500年は経た系統に属します。





新盤日本人になった祖先たち、篠田謙一、NHKブックス、20190320

 渡来系弥生人で最初に核のゲノム解析ができたのは、福岡県那珂川市の安徳台遺跡に埋葬されていた女性の人骨です。この遺跡は弥生時代中期後半のもので、10基の甕棺が確認されています。 [p180]

安徳台遺跡は弥生時代中期のものなので、弥生時代の開始期からはかなりの年月が経っており、彼らも日本列島ですでに数百年間生活していた集団です。むしろこれまで渡来系弥生人というと、朝鮮半島集団の遺伝的な要素が非常に強い人々という捉え方をしていましたが、その方が不自然なのでしょう。渡来系弥生人も日本で誕生した人々と捉えるべきなのです。 [p183]
※篠田謙一著、「新版 日本人になった祖先たち」/NHKブックス(2019.03)



ちなみに、以下は弥生期の時代区分です。

 早期:紀元前1000~
 前期:紀元前 800~
 中期:紀元前 400~
 後期:紀元0~紀元後300




安徳台から出土した女性は、中期後半なので、
紀元前200~紀元0年頃の人物となります。

流入も一度きりではないでしょうし、正確な特定は無理ですが、
来日してから最長で800年、最短でも300~400年は経ています。

だから、私達と変わらないくらいに、縄文の血が含まれているんです。



竹田恒泰先生の解釈だと、
「半島で混血」してから「戻って来た」のが、
現代日本人の直接の祖という認識に繋がる恐れがあります。




2020/10/16  不破 慈(曾祖母はアイヌ)

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紀元前の北部九州では、現代日本人の雛形が出来上がっていたんです。
農耕社会に移行すると、一気に人口が増えるので、水稲耕作で繁栄した
混交集団が、在来の縄文集団をさらに(遺伝的に)飲み込む形での東進

実際、私達に多く伝わっているのは、東日本の縄文人の遺伝子ではなく、
西日本の縄文人の遺伝子だと見られています。混交集団ってそういうこと。

[タグ未指定]
[ 2020/10/16 12:59 ] アイヌ問題 -4.人類学、DNA | TB(0) | CM(6)

竹田恒泰氏のアイヌ動画について

竹田恒泰氏のアイヌ動画について

10月5日の昨日、初めて以下の動画の存在を知りました。
「駆逐」「強姦」という用語が、やたらと出て来ます。
駆逐して混血したとか、ちょっと不思議ですが。

【竹田学校】歴史・岩宿時代編⑥
 ~アイヌ人の起源~|竹田恒泰チャンネル2

2020/04/02に公開済み https://www.youtube.com/watch?v=msG7ydm9BIU



さて、氏の初歩的なミスを指摘しましょう。

日本列島にミトコンドリアDNAハプログループの
Y1を持ち込んだのがオホーツク文化人である。これは宜しい。

このY1が、アイヌ集団に多く伝わっている。これも宜しい。


ただ、動画では触れられなかった「事実」がございます。
Y1を保有する人々は、本土集団(和人)側にもいるのです。



新盤日本人になった祖先たち、篠田謙一、NHKブックス、20190320

ハプログループN9――南北に分かれるそのサブグループ
 このハプログループにはN9aとN9b、そしてYという3つのサブグループがあります。日本における頻度はN9aが4.6%、N9bが2.1%、Yが0.4%と、どれもそれほど人口に占める割合は大きくありません。 [p131-132より引用]
※新版 日本人になった祖先たち/篠田謙一、NHKブックス(2019.03)



……上記引用文中にある通り、頻度としては0.4%です。
Y1の他に、Y2がフィリピン等に存在しますが、
日本人からは見付かっていません。

さて、1億2千万人を分母に計算すると、48万人が該当します。

 1億2千万 × 0.004 = 48万人


我々アイヌ系日本人は、全国に合計2万人程度しか存在しません。
更に、その中でY1に該当するのは2割程度ですから。
計算すると、4000人ぐらいですね。

 2万 × 0.2 = 4000人


どう差し引いても、このY1。頭数では
大半が本土集団(和人)側の保有になります。




明治以降に混血したからだ」との反論が可能かも知れません。
ただ、明治6(1873)年の時点で、日本の総人口はおよそ3330万人。

計算が面倒なので、3000万人で宜しいでしょうか?
人口はおよそ、4倍に増加したことになります。


どう考えても明治初期の段階で、本土集団(和人)側に
10万人前後はY1保有者がいた計算になります。



和人男性が、アイヌ系女性を相手に、
いったいどんな繁殖行為に及んだと言うの?



……ミトコンドリアDNAは、母系にしか伝わりませんからね。




さて。250人に一人の割合で
Y1を保有する本土集団(和人)側の皆さん。

ご安心下さい。
貴方々は、強姦魔の子孫などではありません


日本列島にY1を持ち込んだオホーツク文化人の一派は、
古代において「粛慎(あしはせ・みしはせ)」と呼ばれましたが。

持統天皇の御代に、朝貢に参じているのです。
つまり、臣下の礼をとったということ。

持統天皇十(西暦696)年、渡嶋蝦夷と粛慎に賜物  ※錦・絹・斧など
 さて、「渡嶋蝦夷」と目にすれば、道南西部の渡島(おしま)半島を思い浮かべる方が多いでしょう。ただ、読みは「渡嶋(わたりのしま)蝦夷」です。単純に北海道というよりも、津軽半島北部~海峡付近に勢力を持っ...
アイヌは、アイヌとして成立する500年前から天皇の臣下(2020/08/01)




北海道にアイヌ文化が成立する、500年も前の話。
皆様もその頃から、我々と同様、「陛下の赤子」だったのです。




2020/10/06  不破 慈(曾祖母はアイヌ)   ※アップ翌日一ヵ所修整

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※アップ四日後、追記
 オホーツク文化人は平たい顔をしている人達でした。
 所謂「弥生顔」。つまり寒冷地適応した典型的な北東アジア人
 なお、「青い目」はオホーツク文化人由来じゃないです。下をどうぞ。

実際に縄文の血が濃いから日本人を騙せる (2019/03/02)
http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1889.html
青い目のアイヌ? ~白人じゃなく古代北ユーラシア人 (2019/03/05)
http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1890.html

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[ 2020/10/06 12:00 ] アイヌ問題 -4.人類学、DNA | TB(0) | CM(0)

アイヌは、アイヌとして成立する500年前から天皇の臣下

持統天皇十(西暦696)年、
渡嶋蝦夷と粛慎に賜物
  ※錦・絹・斧など



  今年は梅雨が長引いたお蔭で、もう一本、記事をご用意できました。
  今後はコメントを頂いても返信が遅れるかと思います。ご了承下さい。



さて、「渡嶋蝦夷」と目にすれば、道南西部の
渡島(おしま)半島を思い浮かべる方が多いでしょう。

ただ、読みは「渡嶋(わたりのしま)蝦夷」です。
単純に北海道というよりも、津軽半島北部~海峡付近
勢力を持っていた一派と考えられます。 ※半島南部には津軽蝦夷

そして、粛慎
「あしはせ」「みしはせ」「しゅくしん」等と呼ばれますが、
5~6世紀頃から南下して来た、オホーツク文化人の一派です。


保守系で、アイヌ問題に取り組んでいる方ならば、
斉明天皇六(660)年、阿倍比羅夫が渡嶋蝦夷と共に、
この粛慎を討ったこと、ご存知でしょう。

ところが、話はそこで終わりではないのです。
既に冒頭に書き出しましたが、持統天皇の御世に、
渡嶋蝦夷と粛慎の双方が、揃って朝貢に参じています。


そもそも、660年の戦闘においても、
当初は交易を志向していたようです。もう少し言えば、
当時は古墳寒冷期で、それにより北方から南下する人々がいた。
それが「粛慎」と呼ばれたオホーツク文化人なのですね。

同じように、北海道から本州へと南下する人々もおり、
阿倍比羅夫が水軍を率いて北上した理由には、
その混乱への対応の意もあった模様。

ただ粛慎とは言葉も通じず、文化的にも隔たりがあり、
コミュニケーションが上手く取れなかったようです。

それで不幸にも戦闘が開始されてしまったワケですが。
渡嶋蝦夷にしろ、粛慎にしろ。交易で折り合えるなら、それが良い。
30年の間に、打開策が講じられ、事態は大幅に改善されました。


北海道にアイヌ文化が成立するのは、13世紀に入ってからですが。
その500年以上前から、我々の父祖は天皇の臣下だったのです。



2020/08/01  不破 慈(曾祖母はアイヌ)   ※末尾リンク差換え、8/23

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アイヌの祖先と和人の混交、古墳時代からと推定 (2018/12/06)
http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1859.html

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[ 2020/08/01 13:45 ] アイヌ問題 -4.人類学、DNA | TB(0) | CM(0)

アイヌDE狂歌[4] ~人類学ネタ、集めました!

擦文ベースに オホーツク
道南、和人と混交で
成立したのがアイヌ社会




……縄文 ⇒ 続縄文 ⇒ 擦文 ⇒ アイヌ(北海道の時代区分)。
縄文直系(純系?)と呼べるのは、せいぜい擦文時代までですね。

 アイヌ文化成立は13世紀 (2019/02/10)
 http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1878.html
 実在の部族社会をモデルに創作されたフィクション (2019/02/15)
  http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1879.html




梅雨寒の日が続いておりましたが、少しずつ気温が上がって参りました。
不破は、自立神経系の発達にも不具合を抱えており。そろそろ潮時かな?

冒頭から字数は合っていませんが、定番の狂歌記事をアップしておきます。
遺伝学ネタは詳述したところで拡まりませんが、七五調なら覚え易いかと。

  アイヌDE狂歌[1](2016/12/10)
  http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1708.html
  アイヌDE狂歌[2](2019/02/04)
  http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1876.html
  アイヌDE狂歌[3](2019/03/31)
  http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1904.html





おしょうゆ顔のオホーツク
おソース顔の縄文人
アイヌは彫が深かった
ベースの縄文 濃いんです



……発掘された古人骨を見ると、オホーツク文化人は平たい顔です。
古い写真を見るとアイヌは彫が深いですよね。やはり縄文の血は濃い。
だから日本人を騙せたんですよ。「純粋な縄文人の末裔ダー」とか言って。

  実際に縄文の血が濃いから日本人を騙せる (2019/03/02)
 http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1889.html




沖縄と アイヌの骨格 違います
濃ゆいところが 似てるだけ



……初期拡散で列島に到達した人達が、毛深くて彫も深かっただけ。
パッと目につくところが似ているからと云って、単一の集団とは限らない。
南北に分断された日本の先住民族」とか、真に受けてはいけませんよ。

  アイヌと沖縄の骨格は違う (2018/05/14)
 http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1795.html




対馬 3万8000年
沖縄 3万5000年
道が 2万5000年
旧石器時代の 3ルート



国立科学博物館、3万年前の航海徹底再現プロジェクト、リーフレットより


……「2万年前にシベリアから南下したのが最初の日本人」とか大嘘
コレもアイヌプロパガンダの一環です。そもそもNHKの放送でしょ?

勿論、各ルートに一回ではなく、以降も人々はやって来ました。
縄文時代を列島史のスタートと勘違いしているから、騙されるんです。

  NHKにはアイヌ関連でもおかしな活動家が (2019/02/26)
 http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1887.html
  日本列島史が半減? ~遺伝学ネタに注意! (2019/02/17)
  http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1882.html





縄文の 血が濃いだけで 偉いのか?
被虐の歴史で 強請りと集り



……国際社会における先住民族とは、
弾圧・迫害、虐殺された」との意を含みます。
米大陸のネイティヴや、豪大陸のアボリジニですね。

「先住民族」とは、政治的な破壊力を持つ強い言葉なんです。
日本の史学界・生物学界共に、学者はそれを理解していません。

弥生人による縄文人大虐殺が行われたと云うなら、その証拠は?
縄文の血が濃いから日本の先住民族って、おかしな定義付けですね。




***




古人骨のゲノム解析で判明したことですが、
俗に「渡来系弥生人」と呼ばれている人達は、
既に在来の縄文人と混交した集団だったそうです。

一時期は、弥生~古墳期にかけての100万人渡来説とかありましたが、
その時代に大陸や半島から流入したのは、小規模の集団だったようです。


狩猟社会より、農耕社会の方が一気に人口が増えますから、
水田耕作で繁栄した混交集団が、後に東進したというシナリオ。



少ないデータを基に算出されたシミュレーションとは云え、
単純な「縄文×弥生」の対立構図は、修正した方が良いでしょう。

私達には、縄文と弥生、双方の血が流れているのですから。
そして私には、和人とアイヌ、両方の血が流れています。




2020/07/19  不破 慈(曾祖母はアイヌ)

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※アップ二日後、追記
保守内の過激派には、我々アイヌ系日本人を「強姦魔の子孫」、
オホーツク文化人を駆逐した」、などとヘイトする一派がいます。

……自覚はないようですが、極大ブーメランが突き刺さっていますよ(^^)

 ミトコンドリアDNAにレイプの痕跡など刻まれない (2018/10/29)
 http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-1848.html


左下の逆を張っても、下は下。

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[ 2020/07/22 12:46 ] アイヌ問題 -4.人類学、DNA | TB(0) | CM(4)
ふわふわでぇす!

ふわふわ

Author:ふわふわ
不破 慈(ふわめぐみ)

アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム/神経発達障害の一)です。もともとは障害当事者の個人的なブログでした。

協会の不正を告発する砂澤陣さんの活動を知り、亡くなった父が私をアイヌと無関係に育てた理由が解りました。

母の故郷・福島と、自らの障害に関連する記事が多くなりますがご了承下さい。


※最も解りやすいアイヌ問題
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