二番目の山羊 ~曾祖母はアイヌ

和人との婚姻を強制された? そもそも旧土人保護法には、婚姻に関する条項自体が存在しません。

先住・後住を証明しても、アイヌ利権は潰せない。

先住・後住を証明しても、
アイヌ利権は潰せません。




重要なのは、
少数民(マイノリティ)を自称すること。
その上で、「差別」「弾圧」と騒ぐことだからです。






皆さんもよくご存知でしょう?

「女性の人権」と騒ぎ立てるハリウッド女優は略奪婚者。
「差別反対」を唱える女医は、中指を立てるのが大好き。


こういう人達をWスタンダード(二重基準)と呼びます。
そしてメディアが、その表の顔だけを取り上げ、
「人権主義者」「平和運動家」と持て囃します。

コレが世に言う「人権ビジネス」です。

彼等が、チベットやウイグル、
そして南モンゴルの為に働いてくれるでしょうか?




先住・後住どころか、
フィクションの先住民族をいくら叩いたところで、
この流通経路が存在する限り、アイヌ利権は生き続けます。


  フィクションの先住民  ← 商品の提供、補助金(代金)の受け取り
  タレント・作家・政治家 ← 宣伝効果・イメージアップ戦略・得票
  各種メディア・新聞社  ← 情報(流通)網 = インフラの提供



…………勿論、その「代金」とは、日本国民の血税ですよ?





***





※実在のアイヌは部族社会です。

東西エンチュウ・ソーヤ・ペニウンクル
シュムクル・サルンクル・メナシクル・トゥカチ。

砂澤陣さんのブログ記事
 ⇒ http://koushinminzoku.blog117.fc2.com/blog-entry-359.html
後進民族アイヌ  http://koushinminzoku.blog117.fc2.com/






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[ 2017/06/23 11:55 ] アイヌ問題 -1.北海道・アイヌ | TB(0) | CM(2)

擦文とオホーツク、最初の融合 ~トビニタイ文化

擦文とオホーツク、最初の融合
 ~トビニタイ文化~




私は北海道へ飛ぶことが出来ませんので。
本記事はあくまで、「紹介」のレベルに留まりますこと、ご了承下さい。

ウィキの内容で(一般的な知識としては)問題なさそうです。
以下、転載です。読み易いよう、改行を加えます。



トビニタイ文化  出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

トビニタイ文化(トビニタイぶんか)は、9世紀ごろから13世紀ごろにかけて、
北海道の道東地域および国後島付近に存在した文化様式の名称である。
1960年に東京大学の調査隊が羅臼町飛仁帯(とびにたい)で
発見した出土物が名称の由来である。


解説
トビニタイ文化の直接の源流はオホーツク文化である。
オホーツク文化に属する人々は以前から北海道に南下していたが、
7世紀から8世紀にかけては道北・道東に広く進出していた。

その後、9世紀になって擦文文化に属する人々が道北に進出すると、
道東地域のオホーツク文化圏は中心地である樺太から切り離されてしまった。
その後この地域のオホーツク文化は擦文文化の影響を強く受けるようになり、
独自の文化様式に移行していった。

これが現在ではトビニタイ文化と呼ばれる文化様式である。
トビニタイ文化はその後、擦文文化に同化し、13世紀初め頃には姿を消した。


熊の崇拝
斜里町のウトロ地区入口にある、
トビニタイ文化期のチャシコツ岬下B遺跡から
2005年、ヒグマを祭祀に用いた痕跡と思われるヒグマの骨が発見された。

これにより、擦文文化には見られなかった一方で
オホーツク文化には存在した熊崇拝は、トビニタイ文化を経由して
アイヌ文化にもたらされたのではないかとの見方も浮上している。


(引用ここまで、改行を加えました)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%93%E3%83%8B%E3%82%BF%E3%82%A4%E6%96%87%E5%8C%96





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[ 2017/06/14 12:46 ] アイヌ問題 -1.北海道・アイヌ | TB(0) | CM(0)
ふわふわでぇす!

ふわふわ

Author:ふわふわ
不破 慈 (ふわ めぐみ)

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