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二番目の山羊 ~アイヌは先住民族に非ず

2008年の先住民決議は騙し討ち。2019年のアイヌ新法も不当です。 ※現在は、twitterもFBもやっていません。 【 pixiv:5770560 】
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東北の雄・安倍貞任の子孫は総理大臣

東北の雄、
 安倍貞任の子孫は総理大臣






文学博士・歴史学者である山本博文教授の著書より紹介します。


源頼義、義家親子に討伐された
安倍氏の子孫は、なんと総理大臣!
 安倍貞任(1019?-1062)

 平安時代中期、奥州(東北地方)に勢力を誇った安倍貞任は、前九年合戦で源頼義の率いる軍勢と衝突。頼家[引用者注:誤植と思います]の息子で八幡太郎と呼ばれた義家と五分にわたり合うなど善戦する。しかし、同じ蝦夷の清原氏が頼義側についたため不利な状況に追い込まれ、貞任は深手を追って捕らえられた。
 引き出された貞任は、頼義をにらみつけたまま絶命したという。貞任の首は丸太に打ちつけられ、妹婿として一緒に戦った藤原経清の首とともに京都にさらされた。
 こうして安倍氏は滅びたが、貞任の妹婿であった藤原経清の遺児が清原氏の養子となり、のちに奥州藤原氏を興して栄華を誇る。ただし平安時代末期に源頼朝に攻め滅ぼされ、4代で絶えた。
(略)


◆安倍氏の末裔・安倍晋三の華麗なる系譜

 貞任の弟・宗任は武勇にすぐれていたことで、命を救われた。宗任の才能を惜しんだ義家により助命され、伊予(愛媛県)に流されたのだ。その後、筑前(福岡県)に移されて九州で没したが、宗任の子は肥前(佐賀県)松浦党(まつらとう)の婿となった。奥州の名門の血が、遠い九州で受け継がれることになったのだ。松浦党は、源平合戦では源氏に味方したが、一部が平氏に味方したため、平氏滅亡後は名をはばかって安倍氏に戻したという。
 この宗任の子孫とされるのが、安倍晋三である。父の安倍晋太郎が宗任から数えて41代目であると自認したという。
(引用ここまで)


山本博文著、負け組の日本史、実業之日本社

負け組の日本史 (p174-176より)
蘇我氏、平家、南朝、足利家、関ヶ原西軍……その後どうなった?
山本博文著/じっぴコンパクト新書320/2017年4月/実業之日本社





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[ 2017/09/21 00:12 ] アイヌ問題 -3.東北・蝦夷(母方) | TB(0) | CM(11)
ふわふわでぇす!

ふわふわ

Author:ふわふわ
不破 慈(ふわめぐみ)

アスペルガー症候群(軽度の自閉症スペクトラム/神経発生発達障害の一系統)です。もともとは個人的なブログ(主に当事者研究やエッセイ発表の場)でした。

協会の不正を告発する砂澤陣さんの活動を知り、亡くなった父が、私をアイヌどころか北海道とも無関係に育てた理由が解りました。

父方の祖母は陸奥源氏、福島の母方は東北の蝦夷(安倍氏)。私自身は神奈川県横浜市で生まれ育ちました。


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