二番目の山羊 ~曾祖母はアイヌ

アイヌハーフの祖父に嫁いできた祖母は陸奥源氏の女性でした。……本当に和人社会が差別していたと思いますか?

新宿・中村屋、「恋と革命のインドカリー」 ~俊子とビハリ・ボース~

8月6日、新宿乗換えで靖国にお参りしたんです。
帰り、お土産に、中村屋のカリーパンとピロシキを買いました。

シベリア帰還兵のおじいちゃんにとって、中村屋さんは特別な存在。
とっても喜んで貰えました。 「中村屋のカリーパン、最高だよ!」と。

あ、この記事とこの記事に登場したおじいちゃんですよ♪
 ⇒ 「ヤポンスキー、ハラショー!」 #シベリア抑留(2015/05)
 ⇒ 「お花を摘みに……」、ベルサイユ宮殿のトイレ事情(2015/06)





さて、本日の記事、本題。
ご紹介する必要も無い程、皆様ご存知と思いますが、新宿の中村屋さんです。


【 新宿・中村屋 】
HP : http://www.nakamuraya.co.jp/index.html

純印度式カリー
http://www.nakamuraya.co.jp/pavilion/products/pro_001.html


※画像? ゴメン、勝手に借りれないから( ̄∀ ̄;



この中村屋、人気のメニュー、「純印度式カリー」。
初めて本格的なインド式カリーを日本に伝えたのは、
創業者の相馬夫妻の娘婿でもある、ラス・ビハリ・ボース氏。

背景には、インド独立に懸ける、日印の堅い絆が有りました。





ビハリ・ボース氏とは、別名、「中村屋のボース」さん。

「チャロ・デリー!」で有名な、
スバス・チャンドラ・ボース氏と区別する為も有り、
親しみを込めてそう呼ばれます。

無論、双方共に、インド独立に懸けた第一線の指導者。
同じくベンガル地方を出身とする為、「ボース」姓です。


インド独立運動に身を投じたビハリ・ボース。
彼は、第一次大戦の最中、日本に亡命して来ました。

しかし、当時、日本とイギリスは同盟関係に有り、ボースは狙われます。
が、民間では、「インド独立の志士を匿うべし」との風潮が強く、
そのボースを受け入れたのが、中村屋の相馬夫妻でした。


やがて、長女の俊子さんとご結婚。
大戦終結後のパリ講和条約で自由の身と成り、日本に帰化するも、
逃亡生活の心労からか、奥様は26歳の若さで世を去ってしまいます。


しかし、その後もボースは、
インド独立の後方支援に留まらず、取締役として中村屋を支え、
昭和2年6月12日、喫茶部を開設し、「純印度式カリー」を発表。

当時の洋食屋のカレーは、10~12銭。
ですが、それは英国から伝わった、簡易式(?)カレー。
ボースのカレーは、80銭もしましたが、飛ぶように売れたそうです。


  何か偉そうに語っていますが。
  全部、中村屋さんのページに書かれています(^^;



加えて、
ボース・俊子夫妻のご長男・正秀氏は、沖縄戦で戦死。
と云う事は、今、靖国。 英霊のお一人です。





6月12日は、中村屋さんが制定した、
「恋と革命のインドカリーの日」だそうです。  恋と革命!(゜▽゜*)


今、もう8月ですが。
終戦記念日に合わせて、靖国に参拝される方は多いと思います。

加えて、8月15日は、インド独立記念日でも有ります。
日本敗戦の2年後、友軍が、大英帝国からもぎ取った勝利です。


新宿経由でお参りなさる方、
是非とも、中村屋さんに立ち寄ってみて下さい。





2015/08/12  不破 慈   ※14日、文中に加筆修正。

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それとね、それとね!
靖国の参道、両側にお土産屋さんが在るでしょ?

向かって右側。奥に、お蕎麦屋さんが在るの!
「靖国そば(うどん)」ってメニューが有る!(*^o^*)

ちょっとお値段張るけど、あそこのお蕎麦は具沢山だよ!
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[ 2015/08/12 17:02 ] 社会問題 -2.文化・伝統・歴史 | TB(0) | CM(0)
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