狩猟採集社会における一夫多妻
※抜粋(改行も加えました)狩猟採集社会で一夫多妻がごくふつうであったり、極端に発達していたりするところは、たった二つしか知られていない。その他の狩猟採集社会では妻を二人もつ男は稀で、三人以上の妻をもつ男はさらに稀である。(中略)一つはアメリカ北西部の太平洋岸に住むアメリカ先住民である。豊富で信頼性の高いサケ漁に依存して暮らしており、余剰を蓄積する能力から見ると、狩猟採集者というより農民であった。
もう一つの例外はオーストラリア先住民のとある部族である。老人支配による一夫多妻を行い、男たちは四〇歳までは独身であるが、六五歳までにはたいてい妻の数が三〇人に達する。しかしこの特殊なシステムは見かけとはまったく異なるものだ。老人にはそれぞれ若い補佐の男たちがいて、彼らの援助、庇護、経済的援助を受け、その代わり妻と男たちの情事には目をつぶるのである。
役に立つ甥が若い妻の一人と浮気しても老人は見てみないふりをするのだ。
※赤の女王 性とヒトの進化(文庫版p366-376より)
マット・リドレー著、長谷川眞理子訳/早川書房
1995年に単行本、2014年に文庫化……ここに、日本のアイヌも加えて頂きたい。アイヌ問題に取り組んで下さっている皆様には周知の事実ですが、
アイヌの酋長格は、
妾(チハンケマチ)を数十人、囲っていました。
和人の大名や豪商豪農が、生活を丸抱えして女性を囲うのとは違います。
アイヌの妾は、基本的に労働力でした。食糧生産や、手工芸品の製作など。
それを元手に交易を行い、酋長の家は富み栄え、本妻や子供は贅沢に暮らす。
女は財産なのです。……同時に、身分の低い男も使役対象ですけれど。
下僕(ウタレ)と言います。漁場でサケを獲るのも、山で獲物を狩るのも、
身分の低い下僕の仕事。彼等は結婚できません。人としての人生は送れない。
酋長が、酒に酔った勢いで下僕を手打ちにしたとして、誰も咎められません。
幕末になってロシアの脅威が迫り、本格的に和人が北海道に進出して来た時。
アイヌの人口減少の原因が、妾制度だと看做した役人が、妾を三人に制限。
身分の低いアイヌ男女も、自分達の家庭を持てるようになったんです。
一般に、人類は農耕社会に移行することで、富(財力)に差が出て来て、
妻を多く抱える男性と、結婚すらできない男性とに分かれて行きます。
ただ、狩猟採集社会であっても、計画的な生産システムを構築できれば、
富(余剰)を蓄積することが可能になり、社会の階層化が進むんですね。
まして、アイヌの生業形態には「
交易」、
つまりは、
商業経済の側面がありましたから。
2021/09/07 不破 慈(曾祖母はアイヌ)

身分の低いアイヌ達にとって、幕末以降、和人の本格的進出は、
隷属身分からの解放の第一歩でした。勿論、すぐに自立は出来ない。
「自分の頭で考える」という作業を、してこなかった人達ですからね。
公教育を始め、多方面からの支援が、長い年月を掛けて行われました。
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