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二番目の山羊 ~アイヌは先住民族に非ず

2008年の先住民決議は騙し討ち。2019年のアイヌ新法も不当です。 ※現在は、ツイアカもFBアカも持っていません。 【 pixiv:5770560 】

北の元寇:樺太から追われたのはアイヌだったか?

13世紀末、元軍の侵攻を受け、
樺太からオホーツク文化人が南下。


宮脇淳子著、世界史のなかの蒙古襲来 扶桑社20190630  ※抜粋(漢数字⇒アラビア数字、[]内はルビ)

 1284年に、元軍は樺太遠征も行いました。これは、その前年に、アムール河下流から樺太に住んでいた吉里迷[ギレミ](ギリヤーク族、今はニブフと呼ばれる)が、モンゴル建国の功臣ムカリ(国王と呼ばれる)の子孫シデの遠征により、モンゴルに服従したことによります。元の家来になっていた樺太の吉里迷が、骨嵬[クイ](アイヌ族)が毎年侵入してくると訴えたので、それを追い払うための遠征でした。
 1284年から86年、元は征東招討司に骨嵬攻撃を命令し、85年には1万人、86年には「兵万人・舟千艘」で功撃しましたが、これはアイヌによる黒竜江流域への侵入を排除するためで、この84~86年の攻撃により、アイヌ勢は樺太からほぼ排除されてしまいます。そうして元は樺太南端に果夥[クオフオ]城を設けたのです。
※世界史のなかの蒙古襲来(p232-233)/宮脇淳子/扶桑社2019.6.30




……史学界を中心に、骨嵬[クイ]≒アイヌと考えられていますが、
オホーツク文化人の間違いです。アイヌ御用学者による弊害もあるかと。

オホーツク文化人は、5世紀頃から樺太を中心に栄え、
13世紀には、忽然と姿を消してしまった人達です。



文言(名称)に囚われなければ、史実にピッタリと当て嵌まるでしょう?

或いは、ギレミにクイ、双方がオホーツク文化人だったのかも知れません。
つまり、部族間抗争に、北方のギレミが元軍を介入させた、ということ。

その場合は、ギレミによって、オホーツク文化が存続される筈ですが。
樺太北部には、金王朝の代から支配が及んでいたとする見方もあり、
オホーツク文化人としてのギレミは、既に変容していたのかも?



さて。話を、難民化したオホーツク文化人に戻します。
彼等の南下は、13世紀が初めてではありません。
3段階で考えると解りやすいでしょう。

 ①阿倍比羅夫と戦闘 ⇒ 持統天皇の御代に朝貢(7世紀)
 ②道東域のオホーツク人が擦文化 ⇒ トビニタイ文化(9・10世紀~)
 ③北の元寇で難民に。北海道に流入 ⇒ アイヌ文化(13・14世紀~)


……②について補足します。道東域のオホーツク文化人はですね、
以前から擦文文化人との同化が進んでいました。トビニタイ文化です。
知床半島の羅臼町・飛仁帯で遺跡が発見されたことから、こう呼ばれます。

実は、1960年に遺跡が発見されるまで、研究者は頭を悩ませていたんです。
北海道の歴史が繋がらなくて。擦文⇒アイヌだと文化的隔絶が大き過ぎる。

それが、トビニタイ文化(9・10世紀~)の発見により、解消されました。
擦文とオホーツク、両者を足して2で割ったような文化・生活様式なんです。



それでも、以下のように主張する人々がいるでしょう(↓)
「オホーツク人は不法侵入者。擦文人を駆逐して居座ったのがアイヌ」

……残念ながら、オホーツク文化単独でも、アイヌ文化に繋がりません。

オホーツク文化人は海洋民で、少なくとも3種の舟を使い分け、
居住域は海岸部に限定されました
。最も内陸の遺跡ですら、
現在の海岸から、1kmの距離にあるくらいなんです。


オホーツクと擦文は、確実に融合しました。




2022/06/26  不破 慈(曾祖母はアイヌ)

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オホーツク文化の遺跡としては、網走川河口のモヨロ貝塚が有名ですが。
奥尻島でも、6~7世紀頃の遺構が見付かっています。青苗砂丘遺跡です。

※阿倍比羅夫との戦闘&持統朝への朝貢については、過去記事をどうぞ(↓)
 アイヌとして成立する500年前から天皇の臣下 (2020/08/01)
 http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-2070.html
関連記事

[タグ未指定]
[ 2022/06/26 11:29 ] アイヌ問題 -4.人類学、DNA | TB(0) | CM(4)
コメント
この辺の話は、教科書だと殆ど書かれてませんね。まぁ、結構複雑ですから紙幅の関係もあるのでしょうが、書きようはあると思うんですよ。

ときに、青空文庫に知里真志保という方のアイヌに関する著作がいくつかあがってますが、この方はどうなんですか? 「どうなんですか?」というのもおかしな質問ですが、まだ読んではおらず、機会があれば読んで見ようかとも考えておりまして……。
[ 2022/06/29 23:22 ] [ 編集 ]
特命様、お久しぶりです(^▽^)ノ


>この辺の話は、教科書だと殆ど書かれてませんね。
>まぁ、結構複雑ですから紙幅の関係もあるのでしょうが、
>書きようはあると思うんですよ。

「元軍は樺太へも侵攻した」ぐらいは、軽く触れても良いと思うんですよね。
南樺太はロシアが実効支配しているけれど、実はまだ帰属が決まっていない。
日本だって領有を主張できる土地なんだし。北方四島は完全に日本領だけど。


コンパクトにまとまっていることと、宮脇先生の著書なので引用しましたが。
元軍の樺太への干渉、実はこの20年くらい前から断続的に続いていました。

もともと宗谷海峡を挟んで交流があったし。相互に行き来していたんです。
そんな調子なら、1284~86年を待たずに、北海道に移住した人もいたかと。

興味深いのは、ユジノサハリンスク近くにある、オホーツコエ3遺跡です。
擦文様式の住居跡が出て来たんですよ。土器はオホーツク様式でしたが。

それを、「アイヌが北海道から渡った」と主張している学者もいますが。
私は、フツ~に擦文人が海を渡って移住した、と考えています。
混交は、北海道島だけで起こったワケではないでしょう。


13世紀・樺太における部族の名称、4~5つぐらい登場します。
ギレミ≒オホーツク、クイ≒アイヌと断定されてしまっていますが。
オホーツク文化人が一つの民族だったと決め付ける必要はない筈です。
アイヌだって、一つの民族ではなく、幾つもの部族に分かれていました。

擦文文化人だって、複数の部族に分かれていたでしょう。
擦文だのオホーツクだの。こんなものは後世の呼び名に過ぎないんです。
北海道の、この部族とは仲が良いが、あの部族とは対立している、とか?
北海道と樺太で、完全に分かれるのではなく、色んな関係性があったかと。



>知里真志保先生

うおっ、青空文庫から出ているんですか! 知らなかった!(゜∀゜;

著名な言語学者です。アイヌ系日本人で初めて、東大を出たんだったかな。
明治の終わり頃の生まれなので、情報が古い部分もあるかも知れませんが。

昭和初期のアイヌの観光利用についても、反対の立場を取られていました。
客席に受けるよう、「伝統」を、面白おかしく作り変えていましたからね。

その「面白おかしく作り変えられた伝統」が、今、先住民族の文化として
居座っていることを考えると、真志保先生のお考えは正しかったのだと。

ただ、私の立場からは、当時の観光利用を責めることが出来ません。
北海道には産業が必要でしたからね。当時は和人貶めなんてしてないし。

そんなワケで、真志保先生は、パチモン御用学者とは全く違う方です。
一本筋の通った方ですし、血筋に関係なく、今も尊敬されている方ですよ。


試しに、こちらを読んでみて下さい。
いきなりアイヌ語研究にカウンターパンチを喰らわしていて。
笑っちゃいました。やっぱり真志保先生は楽しいな~♪♪♪

◆アイヌ語学 知里真志保
https://www.aozora.gr.jp/cards/001540/files/53897_50735.html



ではでは、特命様。長くなってしまいましたが、
コメント、ありがとうございました★(_ _)


[ 2022/06/30 12:59 ] [ 編集 ]
『ウルトラマン』を殺した男。
 『ウルトラマン』『ウルトラ7』のシリーズ構成・メインライターを務めた金城哲夫さんは沖縄出身だった。彼のもと、ウルトラシリーズは絶好調だった。だがTBSのプロデューサー橋本洋二が『ウルトラ7』後半から参加してからすべてが狂いだした。橋本洋二は脚本家たちに「熾烈な討論と改稿」を要求、だがその結果がモチロン、エンマーゴ、ツルク星人、ブニョ、『ウルトラマン夕日に死す』だった(こんなもん子供に見せんなよ!)。それだけではない、学生運動に強い思い入れがあった橋本洋二は理想主義肌の金城哲夫さんと対立、金城哲夫さんを石もて追うように追い出した。第2期ウルトラシリーズが面白くないのはコイツ(橋本洋二)のせいだ。
 金城哲夫さんは「本土と沖縄の架け橋になりたい。」と望んでいた。その思いは「沖縄と本土は戦うべきだ!」という学生運動のテーゼに粉砕された。沖縄に帰郷した金城は失意のうちに悲惨な死を遂げる。
 
 学生運動の亡霊が今も本土と沖縄、本土とアイヌの対立をあおっている。それを見るにつけ「本土と沖縄の架け橋になりたい」と望んで果たせなかった金城哲夫さんの無念が偲ばれる。
 『シン・ウルトラマン』の主題歌『M87』を聞くとどうしても金城哲夫さんと重ねて切なくなるのだ。
[ 2022/07/02 00:21 ] [ 編集 ]
Re: 『ウルトラマン』を殺した男。
>  『ウルトラマン』『ウルトラ7』のシリーズ構成・メインライターを務めた金城哲夫さんは沖縄出身だった。彼のもと、ウルトラシリーズは絶好調だった。だがTBSのプロデューサー橋本洋二が『ウルトラ7』後半から参加してからすべてが狂いだした。橋本洋二は脚本家たちに「熾烈な討論と改稿」を要求、だがその結果がモチロン、エンマーゴ、ツルク星人、ブニョ、『ウルトラマン夕日に死す』だった(こんなもん子供に見せんなよ!)。それだけではない、学生運動に強い思い入れがあった橋本洋二は理想主義肌の金城哲夫さんと対立、金城哲夫さんを石もて追うように追い出した。第2期ウルトラシリーズが面白くないのはコイツ(橋本洋二)のせいだ。
>  金城哲夫さんは「本土と沖縄の架け橋になりたい。」と望んでいた。その思いは「沖縄と本土は戦うべきだ!」という学生運動のテーゼに粉砕された。沖縄に帰郷した金城は失意のうちに悲惨な死を遂げる。
>  
>  学生運動の亡霊が今も本土と沖縄、本土とアイヌの対立をあおっている。それを見るにつけ「本土と沖縄の架け橋になりたい」と望んで果たせなかった金城哲夫さんの無念が偲ばれる。
>  『シン・ウルトラマン』の主題歌『M87』を聞くとどうしても金城哲夫さんと重ねて切なくなるのだ。



……本記事と何の関係が?


[ 2022/07/03 09:50 ] [ 編集 ]
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Author:ふわふわ
不破 慈(ふわめぐみ)

アスペルガー症候群(軽度の自閉症スペクトラム/神経発生発達障害の一系統)です。もともとは個人的なブログ(主に当事者研究やエッセイ発表の場)でした。

協会の不正を告発する砂澤陣さんの活動を知り、亡くなった父が、私をアイヌどころか北海道とも無関係に育てた理由が解りました。

父方の祖母は陸奥源氏、福島の母方は東北の蝦夷(安倍氏)。私自身は神奈川県横浜市で生まれ育ちました。


※最も解りやすいアイヌ問題
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