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二番目の山羊 ~アイヌは先住民族に非ず

2008年の先住民決議は騙し討ち。2019年のアイヌ新法も不当です。 ※現在は、ツイアカもFBアカも持っていません。 【 pixiv:5770560 】

漢字を日本に伝えたのは誰? 古代の書記は国際人

東アジアにおける古代社会では、
漢文が国際語として用いられました。

 
つまりは、今日でいう英語の立ち位置ですね。
当時は電話もなく、交通機関も発達していない。
遣り取りは、使者に託した文書で行われます。
 

実は、4000年前の中東でも、
似たようなことが行われていました。
楔形文字の文書が、国際語だったんです。





……大英博物館・中東部門副館長で、楔形文字解読の第一人者である、
アーヴィング・フィンケル氏の著書からご紹介します(↓)
※面倒なら、太字の箇所だけ読んで下さい(_ _)

ノアの箱舟の真実、アーヴィング・フィンケル著、宮崎修二・標珠実訳、明石書店20180115 ※引用(漢数字→アラビア数字)

前2000年紀には訓練を受けた書記たちが頭に詰め込んだ専門知識と鞄に入れた書物を携え、自ら運命を切り拓こうとメソポタミアの中心を離れるということはよくあった。そうした人々のはたらきの一部が知られている。例えば、シリアのメスケネでは楔形文字についての知識が輸入されており、各地から集まった学生たちが自分たちには全く馴染みのない古い単語や名称を集めた語彙集を丁寧に写し取っていた。また、それと同時に、アッカド語の楔形文字が普及し、中東全域で国際語として使われるようになると、各地の小国の王たちは外交文書を作成するため、楔形文字を扱える者を臣下に加えたいと望むようになった。その結果、地元のミタンニ人が話したことをバビロニア人の筆記係が書板に書き取り、それがエジプトに届けられると、故郷を離れてエジプトに暮らしている別のバビロニア人の書記がそれを読み、外交文書らしい文体に整えるなどした後、エジプトの言葉に訳してファラオに上奏するという骨の折れる手順を経ることとなった。
※ノアの箱舟の真実――「大洪水伝説」をさかのぼる(p100-101)
 アーヴィング・フィンケル著/宮崎修二&標珠実訳/明石書店2018.1.15





……書記の訓練を受けた人達は、その職能を各国に売り込んでいた模様です。
ヘッドハンティングのような引き抜きも頻繁に行われていたかも知れません。
当時の書記職とは、実質の通訳。国際人として、大活躍していたんですね。


実はもう一つ、面白い記述を見付けました。
日本では、漢字を崩して片仮名や平仮名を作りましたけれど。

楔形文字でも、似たことが行われていて。自国の言語に合わせて
アルファベットのようなものを作る場合があったそうです(↓)




※再び引用(漢数字→アラビア数字)
 楔形文字が普及すると、その他にも思いがけない成果が生み出されることになった。前13世紀のウガリットで文字の歴史に新たな勢力が登場したのである。それは実質的に最初のアルファベットとして、単語を分ける記号(何と軟弱な!)を備えた31文字からなり、セム語系のウガリット語を綴り、記録するのに十分機能していた。奇妙なことに、この新しいアルファベットも文字としては楔形文字であり、文字の形は可能な限り単純化され、その誕生のきっかけとなったメソポタミアの楔形文字とはあまり関連してはいなかったが、従来と同じ手順で粘土書板に刻まれた。まるで、文字というものは粘土書板に楔形文字で刻むものだという意識があまりに強かったため、そこから離れて別の形で文字を記すことができなかったかのようである。このウガリット文字は青銅器時代の地中海の港町ウガリットで広く用いられた。港町に暮らす商人たちは少しでも商売の機会を逃すまいと多くの言語を操れるようにしていたに違いないが、前12世紀初頭にウガリットの町は破壊され、ウガリット文字は使われなくなった。アルファベットが再び考案されるのは、その後200年以上経ってからのことである。
※ノアの箱舟の真実――「大洪水伝説」をさかのぼる(p101)
 アーヴィング・フィンケル著/宮崎修二&標珠実訳/明石書店2018.1.15


※現代のアルファベットは、エジプトの象形文字がルーツです。





……いったい何故、こんな話をしているかというと。
日本でも、古墳時代に文字が使われ出したじゃないですか。

その時代に、大陸や半島から文字を扱える人々がやって来て、
列島で新たな為政者となった、という考え方があるようなんです(↓)



※対談記事、抜粋
橘 : 日本ではなぜ3世紀になるまで文字が普及しなかったのかは、私も不思議だったんです。

篠田 : 弥生時代の人たちは稲作を行い、あれだけの土器、甕(かめ)なんかも作りましたから、大陸から持ち込んだ技術や知識は絶対にあったはずなので。いったい誰が渡来したのか、その人たちのルーツはどこにあったのかっていうところを解きほぐすことが必要だと思っています。

橘 : 古墳時代に文字を使うリテラシーの高い人たちが大量に入ってきて、ある種の王朝交代のようなものが起きて、『古事記』や『日本書紀』の世界が展開する。縄文から弥生への二段階説ではなく、縄文・弥生・古墳時代の三段階説ですね。

篠田 : そうしたことが、おそらくこれからゲノムで読み取れるんだろうなと思います。
※全文⇒ https://diamond.jp/articles/-/306767?page=5




……確かに「王朝交代」は、真っ先に思いつく一番シンプルなモデルです。
同時期に前方後円墳も登場しますし、何より出雲国譲り神話を連想する。

しかし私は、4000年前の中東で起きていたことと、同じようなことが、
2000年前の極東でも起きていたのでは? そのように考えております。




2022/10/01  不破 慈(曾祖母はアイヌ)

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篠田・橘両氏の対談については、以下の記事でも解説しました(↓)
 古代ゲノム解析:韓国の事情と英王室のゲノム (2022/09/10)
 http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-2286.html
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Author:ふわふわ
不破 慈(ふわめぐみ)

アスペルガー症候群(軽度の自閉症スペクトラム/神経発生発達障害の一系統)です。もともとは個人的なブログ(主に当事者研究やエッセイ発表の場)でした。

協会の不正を告発する砂澤陣さんの活動を知り、亡くなった父が、私をアイヌどころか北海道とも無関係に育てた理由が解りました。

父方の祖母は陸奥源氏、福島の母方は東北の蝦夷(安倍氏)。私自身は神奈川県横浜市で生まれ育ちました。


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